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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)1号 判決 1987年5月26日

上告人 岡田寿孝

右訴訟代理人弁護士 関根稔 畑仁

被上告人 浦和税務署長 高橋作治

右指定代理人 菊池信男 外11名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

職権をもって調査するに、本件記録から認められる本件訴訟の経過は、次のとおりである。すなわち、上告人(第一審原告)は、被上告人(第一審被告)が昭和52年10月31日付で第一審原告に対してした課税価格を1億8,377万1,000円とする相続税の再更正処分(以下「本件処分」という。)のうち課税価格1億5,210万8,000円を超える部分の取消し(本件処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分についても右金額を超える部分に対応する部分の取消し)を求める訴えを提起し、その理由として、本件処分の課税価格のうち、(1) 課税価格477万7,704円については被相続人のした債務免除によって消滅した債権を相続財産に加えた違法があり、(2) 課税価格2,691万5,139円については第一審原告の相続した土地の価格を過大評価した違法がある旨を主張した。第一審は、第一審原告の右(1)の主張のみを認め、本件処分のうち課税価格1億7,902万3,000円を超える部分(右過少申告加算税賦課決定処分についても右金額を超える部分に対応する部分)を取り消す、第一審原告のその余の請求を棄却する旨の判決をした。これに対し、第一審原告及び第一審被告はその各敗訴部分につき適法に控訴の申立をし、これらが控訴審係属中、第一審原告は、第一審判決で理由があるとされた右(1)の主張に対応する課税価格474万7,704円の部分については訴えを取り下げる旨陳述し、本件処分のうち課税価格1億5,685万6,000円を超える部分の取消し(前記過少申告加算税賦課決定処分についても右金額を超える部分に対応する部分の取消し)を求めるに至ったところ、原審は、第一審原告の控訴についてのみこれを棄却する旨の原判決をしたが、第一審被告の控訴については判決をしなかった。そして、原判決に対して第一審原告から上告がされた。以上の経過が認められる。

ところで、本件処分の取消訴訟の訴訟物は、課税価格を1億8,377万1,000円と計算した本件処分の違法一般であり、第一審原告の前記(1)の主張に対応する課税価格474万7,704円の部分は、それ自体が別個独立の訴訟物を構成するものではなく、本件処分の理由である課税価格の計算の一部にすぎないのであるから、前記第一審原告がしたこの部分について訴えを取り下げる旨の陳述は、本来の意味における訴えの(一部)取下げと解する余地はなく、第一審原告の求める勝訴判決の上限を縮小する旨の訴訟行為にすぎないとみるべきであるから、右行為がされたことにより前記部分が独立して審判の対象とならなくなったということはできない。本件においては、右行為の前後を通じて訴訟物は一個であり、右行為の後においても、本件処分について、課税価格が1億5,685万6,000円を超える範囲でこれを取り消すべきことを主張する第一審原告からと、それが適法であって第一審判決中自己の敗訴部分を取り消すべきことを主張する第一審被告からとの双方の控訴が存在する状態にあったものとみるべきである。

そして、一個の訴訟物につき一部勝訴、一部敗訴の第一審判決がされ、これに対し双方の当事者が適法に控訴した場合には、控訴審は、右双方の控訴につき一個の終局判決のみをすべきであって、第一審原告あるいは第一審被告のいずれかのみの控訴に対する判決をすることは許されず、したがって、一部判決とみられるべきものがあっても残余の部分につき追加判決をすることはできないものと解すべきであり、この点に違背した判決の瑕疵は、職権をもって調査すべき事項に当たるものというべきである。

本件において、第一審原告及び第一審被告の提起した控訴がいずれも適法であることは前示のとおりであるから、原審としては、双方の控訴につき一個の終局判決のみをすべきであったところ、前記のとおり、第一審被告の控訴について判決せず、第一審原告の控訴についてのみ判決したにとどまるから、原判決には訴訟法違背の違法があるといわなければならない。

以上の次第で、上告代理人の上告理由について審理判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理判断を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととする。

よって、行政事件訴訟法7条、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖)

(昭和59年(行ツ)第1号 上告人 岡田寿孝)

上告代理人関根稔、同畑仁の上告理由

(相続財産の評価について)

第一点原審判決には、判決に理由を付さない違法がある。

一 上告人は、本件相続財産たる土地もしくは土地引渡請求権の評価は、相続税財産評価に関する基本通達11の(1)に定める路線価方式(以下この方式による価額を通達評価額という)による金38,540,811円をもって評価すべきであり、これを金65,056,200円に評価した課税処分には誤りがあると主張し、その根拠として、国税庁は相続税財産評価に関する基本通達を公表し、国内の全ての土地についての通達評価額を公表している事実、そしてその通達評価額を相続税の時価として相続税の課税実務が行われているとの事実、ところがその通達評価額は、常に大幅に当該土地の時価を下回っているとの事実(この通達評価額は時価に対し平均で43%、あるいは平均35%、同種裁判例に表れたものでは同じく時価の44%、9%、16%、相続税評価額と実勢価額との間には、相当の開差があり、前者の価額は後者の価額に比べてかなり低額であることは公知の事実です。……国税庁審理課課長補佐小林栢引氏)、しかし、この通達評価額が時価を大幅に下回ったところに定められて公表されているのは、著しく高騰してしまった本来の土地時価を課税基準とすることの不合理さを埋めるため、固定資産税評価額が大幅に時価を下回ったところに定められているのと同様、政策的に行なわれているものであるとの事実、そしてこの結果、土地に関して相続税法の時価は固定資産税評価額と同様に、本来の時価と掛け離れたところで、独自の価額水準をつくっているとの事実を主張すると共に、その法的主張として次のような主張をしている。

(昭和57年10月28日付準備書面)

たぶん相続制度創設以来行われてきたこの相続税の課税実務を、こと控訴人(上告人)の事案にだけ、適用しないということは認められるのであろうか。

控訴人(上告人)の事案にだけ、この通達評価額の適用を否定することは

(一) 行政先例法たる相続税財産評価に関する基本通達に違反し、

(二) 税の負担は、何人に対しても公平でかつ平等な基準に従って課税されなければならないところ、本件事案についてのみその適用を否定することは、他の通達評価額をもって土地所有権の評価が行われる事案との課税の公平に反し、

(三) 長年にわたって相続税財産評価に関する基本通達及び路線価を公表し、それに従っていれば課税されることはないとの納税者の信頼をつくりあげてきた課税庁が、こと本件事案についてのみ、その適用を否定することは信義則に反し、

(四) もし、この時価の評価について課税庁の裁量が認められるとしても(このようなことは考えられないが)、これは裁量権の濫用である、

と解すべきである。

二 ところが、これに対し原判決は、右相続税財産評価に関する基本通達について、何の証拠も理由も示さないまま、「右基本通達は、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者間で財産の評価が区々になることは公平の観点から見て好ましくないことに鑑み定められているものと考えられ」との判断を示したうえ、上告人の請求に対しては、「個別の財産の客観的評価は、その価額に影響を与えているあらゆる事情を考慮して行われるべきであるから、右不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するときには、この評価によることは、それが右基本通達と異なるものであっても、これを違法ということはできない」との判断を示したのみで、上告人の右主張については全く判断を示さないまま、上告人の請求を排斥している。

三 しかし、上告人の主張に対する判断が、この原審判決の理由摘示をもって尽くされるものでないことは明らかである。

つまり、上告人の前記主張のうち、例えば(二)の課税の公平違反の主張、(イ)他の同種の事案については、相続財産の評価について通達評価額を採用して課税処分を行っており、(ロ)そしてこの通達評価額は、常に時価を大幅に下回ったところに定められているにもかかわらず、(ハ)本件についてだけこの適用を否定することは課税の公平に反するというものであり、また、(三)の信義則違反の主張は、(イ)通達評価額は常に大幅に時価を下回ったところに定められており、(ロ)そして、課税庁がその評価通達及び通達評価額を公表し、(ハ)そして、それにより、この通達に従っていれば、それ以上に不利益に課税されることがないとの納税者の一般の信頼をつくりあげ、(ニ)上告人を含む納税者が、この公表された事実を信頼して行為したとの事実があった場合は、(ホ)その信頼に反した課税をすることは信義則に反するとするものであるから、原審判決がこの主張を排斥するのであれば、(一)これら上告人主張の事実は認められないとの判断を示すか、あるいは(二)仮にこれら事実があっても課税の公平違反及び、信義則違反との構成はなりたたないというものでなければならないはずである。

四 これに対し原審判決は、これら主張の前提事実について判断を怠ったばかりか、これら各主張についても全く判断を示さないとの誤りをおかしているものである。

五 なお、付言すれば、相続税財産評価に関する基本通達の趣旨の解釈についての上告人の考えは、原審判決のこの基本通達に関する判断とは異なるものであるが、上告人の主張は、このような通達の解釈のみを争うのではなく、仮に、この基本通達の趣旨が原審判決の判断に示されたようなものであっても、課税の公平違反、信義則違反等が成立するというもの、例えば課税の公平違反の主張について言えば、(イ)他の同種の事案(原審判決が判示する「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するとき」を含め、そのような事情があると否とを問わず)について、相続財産の評価について通達評価額を採用した課税処分が行われ、(ロ)そして、この通達評価額は常に時価を大幅に下回ったところに定められているにもかかわらず、(ハ)本件についてだけこの適用を否定することは課税の公平に反するというものであり、また、例えば信義則違反の主張は、この「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するとき」も、そのような事情が存しないときも、この通達評価額による課税がなされ、そのような課税がなされることについての納税者の信頼が成立している、というものであって、従って当然ながら原審判決における判断は、これら具体的主張事実に対してなされるべきところ、原審判決はこの課税の公平違反及び信義則違反を含め、右上告人の主張についての具体的主張事実について判断を怠っている。

第二点原審判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一 原審判決は前第一点に述べるとおり上告人の主張について全く判断を示さず、その主張の前提事実についても判断を示していないため、その主張事実を原審判決が判断したとの前提、つまりこの主張事実に関する原審判決の判断には法令の違背があるとの主張には齟齬が生じるが、仮に原審判決が、言外に上告人主張の前提第一点の各主張を排斥したものであるとしたら、この判断は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背となる。

二 上告人の主張のうち少なくとも「信義則」「課税の公平」の主張は、その主張の根拠たる事実が存在すれば、課税関係についても適用あることは確定した判例である。

三 しかるに、原審判決はこの前提事実について、如何なる事実が存するか否かについて判断を加えることなく、これら上告人の各主張を排斥した疑問がある。

四 上告人はこれら各主張についての前提事実を主張し(原審での訴訟手続における上告人の訴訟活動は、ほぼこの前提事実の主張のみに尽きるものであり、これに全く判断を加えない原審判決には著しく疑問を感じるものであるが)、特に通達評価額は時価を常に大幅に下回ったところに定められていること、このうちひどいものはこの通達評価額と時価との間に9対100の較差があることを主張し、この通達評価額は政策価額であることを主張し、立証している。

五 ところがこの前提事実について原審は全く判断を示さず、上告人の主張を〔排斥〕しているが、もしこれが、如何なる事実が存しても、課税の公平違反、信義則違反等の主張は成立しないとの判断を示したものであれば(原審判決は上告人の主張、及びその根拠となる前提事実について何らの判断を示していないのであるから、原審判決が(一)上告人主張の事実は認められないとの判断をしたとは理解しえず、また、(二)仮に上告人主張の事実が存したとしても、上告人の主張は成り立たないとの判断をしたとも理解しえず、従って結果として、原審判決は如何なる事実が存しても課税の公平、信義則違反等の主張は成立しないとの判断を示したと解釈せざるを得ないが)、その判断には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があると考えざるを得ない。

第三点原審判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一 仮に、原審判決が、上告人主張の各事実が存したとしても、上告人主張の前第一点の各主張は成立しないとの判断を示したのであれば、この判断には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

二 つまり、原審判決も認定するように、国税庁長官は相続税財産評価に関する基本通達を公表し、その通達によれば、市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価については「路線価方式によることを定め、個別財産の評価実務はこれに従って行われて」おり、その評価額は明らかに、常に本来の時価を大幅に下回るもの(この通達評価額は時価に対し平均で43%、あるいは平均35%、同種裁判例に表れたものでは同じく時価の44%、9%、16%相続税評価額と実勢価額との間には、相当の開差があり、前者の価額は後者の価額に比べてかなり低額であることは公知の事実です。……国税庁審理課課長補佐小林栢弘氏)で、本来の時価とは全く別の価額水準を作っているものであるのにかかわらず、他方、やはり原審判決が認定するように「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するときにはこの評価による」とすると、同一の土地について、たまたま「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存したとき」はこの評価、つまり本来の時価により課税されることになるのに対し、たまたま「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存しないとき」は、時にはその「通常成立する価額に相当する財産の評価」額の100分の9に相当する通達評価額で課税がなされるとの、つまりは、同一の土地が、ある者に対しては金90万円で評価されるのに、ある者に対しては金1,000万円で評価されるとの、全く別の価額水準にある価額を基礎として課税がなされるとの、著しく不合理な結果を生じさせることになってしまう。

三 また、この「通常成立する価額に相当する評価が得られる事情」は、はなはだ偶然的なものであり、本件のように相続直前に売買取引があった場合の外、相続直後に売買取引があった場合、隣接地に売買取引があり、当該土地の価額も推定しうる場合、はたまた昨今のように地価の下降が考えられない状況では、一年前、あるいは二年前に当該土地に売買取引があった場合も、それが通達評価額を上回る限りは、その一年あるいは二年前の売買受引価額が、少なくとも通達評価額よりは「通常成立する価額」に近い価額として「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情の存する」ときということになってしまう。

四 しかし、前記相続税財産評価に関する基本通達は、本件のように相続直前に売買取引があった場合を含め、右のような事情がある場合を、通達評価額を採用しない例外の場合とは定めていないし、もちろん課税実務においても、そのような事情があるからと言って、その「通常成立する価額」を採用するようなことは一切行われておらず、本件及びその他二、三訴訟となっている事件以外は、事情の如何を問わず通達評価額による課税がなされている(右事情があった場合の取扱い、及び課税実務において土地そのものを本来の時価で評価した事例があるか否かについての上告人からの数回に渡る求釈明に対し、課税庁は全くこれに答えない、というより答えられない)。

もし課税庁が「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情があるときはこの評価による」課税をしようとすれば、また原審判決の言うようにそれが正しいのであれば、逆に現実に行われている相続税の課税実務は全てこの評価が得られるとき(上告人が例示するような事情がない場合は、その土地をあらためて価評すれば、この評価は容易に得られるのであるから)にも、その評価を採用せず、それをはるかに下回る通達評価額をもって課税するとの違法を犯していることになる。

五 そうすると、当該土地について「通常成立する価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するときにはこの評価による」との原審判決の判断では、いかなる事情があるときに原審判決の言う「通常成立する価額」で評価し、いかなる事情がないときは通達評価額によることになるのかの課税要件が不明確であり、課税要件は明確にされていなければならないとの租税法律主義の要請に違反し、どの価額を採用するかについて課税庁の大幅な裁量を許し、予測可能性を失わせることになるうえ、偶然の事情をもって、時には本来の時価、時にはこれの9%にすぎない通達評価額をもって課税されることになり、このような解釈は法的整合性を破壊するものであり、通達評価額をもって課税される他の一般の納税者の場合との課税の公平に反すると考えざるを得ず、原審判断には、前第一点記載の上告人の法的主張に反し、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があると断ぜざるを得ない。

六 なお、付言すれば、これは固定資産税の場合も同様であり、固定資産税については、その土地評価額は、本来の時価を大幅に下回ったところに定められ、そこで固定資産税評価額は、本来の時価とは全く異なる価格水準を形成しているが、この固定資産税の場合について、ある特定の土地について、たまたま時価が判明したとの一事をもって、その土地についてのみ、他の土地の評価を数倍上回る評価がなされることの不合理を考えれば明らかである。

なお、固定資産税については地方税法第388条で「自治大臣は、固定資産の評価の基準……を定め」と定めているが、これがその評価方法について自治大臣に、ある場合は取引価額をもって評価し、ある場合はそれを大幅に下回る価額をもって評価し得るとの評価基準を定める、無限の裁量権を与えたものでないことは勿論である。

地方税法第349条、同第341条5号に、固定資産税の課税標準は適正な時価をいう、と定められているのにかかわらず、本来の時価を大幅に下回る固定資産税評価額が課税標準として是認されうる根拠は、その評価が区区に分かれることなく、一律の基準で評価されていることに求める以外にない。

原審は、固定資産税に関し、同種の裁判が提起された場合、やはり「固定資産税の課税標準は、取引価額をもって評価した土地所有権価額が正当である」と判断するのであろうか。

相続税法第26条の3は、土地の評価について、国税局長は土地評価審議会の調査審議を受けることができるものと定め、その評価が公平を失することのないよう措置している。

以上の通り、課税の実務においては、所得税法・法人税法上の時価とされる実際の取引価額、相続税・贈与税上の時価とされるこの通達評価額、地方税法のうち、固定資産税・不動産取得税上の時価とされる固定資産税評価額と、何層かの別の価額水準をつくり、これをそれぞれの税目における時価として課税実務が行なわれ、これに従っている限りは、その課税は是認されるとの納税者の信頼が出来上がっているのである。

七 なお、このように課税庁が通達をもって課税実務の取扱いを公表し、その取扱いについて納税者の信頼を作りあげている例は、本件相続財産の評価の問題に限るものではない。

例えば、

(一) 法人税においては貸付金、売掛金その他の債権については、評価損の計上は認められていない(法人税法第33条)。

ところが、法人税基本通達9-6-4以下においては債権償却特別勘定という、法人税法上には全く規定されていない制度を持ち込んで、実務においては明文に反し、債権の実質上の評価減を認めている。

(二) 相続税法第21条の6において、配偶者に対する贈与は、居住用不動産に限り、課税価格において1千万円の控除を認めるとの特例を設けている。

ところが、相続税基本通達第21の6の3においては、この贈与された不動産の中に居住用不動産部分があれば、明文に反し、居住用不動産以外の部分についてもこの控除が認められることとされている。

(三) 相続税法第22条では相続財産の価額は、その取得の時における時価によるものと定めている。

ところが、「事業又は居住の用に供されていた宅地の評価について」と題する相続税個別通達昭和50年6月20日直資5-17(例規)においては、明文に反し、居住の用等に供されていた宅地については、相続税財産評価基本通達により評価した価額の100分の80に相当する金額によって評価するものとしている。

八 課税庁がこれら通達を公表しておいて、かつ他の全ての事案についてはその通達に従った処理を是認していながら、こと上告人の事案についてのみこの適用は否定することは許されるのであろうか。

これは課税の公平に反し、信義則に反すること明らかであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があると断ぜざるを得ない。

九 なお、土地引渡請求権の評価と土地の評価との関係について付言すれば、被相続人によって売買契約が締結されていれば、仮に何らかの事情で土地所有権が買主に移転せず、相続財産が土地所有権そのものではなく、土地引渡請求権である段階で相続が開始した場合においても、その評価は土地の評価と同等であるはずである。

当事者間の契約関係が法的に保護されるものとして確定している以上、買主が代金を支払わなければならないこと、売主が土地を引渡さなければならないことは、契約が締結された以上当然の流れであり、その流れの途中において相続が開始した場合においても、相続人はこの流れを止めることはできず、その結果を受忍せざるを得ないことになるからである。

もし相続人が、この義務を履行しなければ、訴訟手続をもってその履行を強制されることになるのである。

そうであるならば、この土地引渡請求権は、いずれ時の経過を待って土地そのものとなる運命にあり、また土地にしかなりようのない運命にあり、従って、この評価を、土地そのものの評価と異にする理由は何ら存在しない。

従って、仮に本件相続財産が土地引渡請求権であっても、その評価は土地の評価と同等である。

(所有権移転の時期等について)

第四点原審判決には、判決に理由を付さず又は理由に齟齬のある違法がある。

一 大審院ならびに最高裁判所の確立した判例によれば、民法176条の解釈として、「売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り、買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するのを相当とする」ものとしている。

ところで、原審判決は、「本件売買契約においては、代金額はその締結時には確定しておらず、昭和50年7月末日までに本件宅地を実測してその減歩の有無を調査し確定したうえでこれを定めるというのであり、売買残代金の支払(金額の約3分の2にあたる)、所有権移転登記申請手続、引渡も右同日限りこれをする、というのであるから、本件売買契約においては、染吉と中部不動産株式会社とは本件宅地の所有権移転の時期を、右各行為が完了したときになされるべき旨の特別の合意をしたものと認めることができる。」として、所有権移転についての「特別の合意」があったと認定している。

二 そして、かかる判断を根拠づける事実として、原審判決は、当事者に争いのない事実としての次の事実を掲げている。

すなわち、「染吉が昭和50年6月14日中部不動産株式会社から同会社所有の本件宅地を代金6,826万円で買受ける旨の本件売買契約を締結し、その際同時に、染吉は同会社に対し手付金2,000万円を同日に支払うこと、残代金4,826万円は同年7月末日限り同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに整地を行うことを合意したこと、右契約日に約旨に従い手付金2,000万円が授受されたこと、また、染吉と同会社とは同年6月17日公証人に対し、本件売買契約に関して、同会社が同年7月末日までに染吉に対し右売買残代金の支払いと同時に所有権移転登記申請手続をすること、右期日までに本件宅地を実測し、その実測図面を交付し、境界石を設置し、かつ、整地して引渡すこと等を内容とする公正証書の作成を嘱託し、その作成を得たこと、同会社は同年7月16日本件宅地の実測を行ったが、その結果、公簿面積より25.51平方メートル減歩していることが判明したこと、染吉の死亡後、控訴人(上告人)及びその他の相続人らの間で、本件宅地に関する権利、義務に控訴人(上告人)が単独で承継する旨の遺産分割の協議が成立し、控訴人(上告人)は同年8月28日同会社に対し、本件売買契約代金額6,826万円から手付金2,000万円、減歩相当額320万3,800円を差引いた残金4,505万6,200円を支払ったこと、同会社は同年8月29日本件宅地につき染吉名義に所有権移転登記を経由したこと」さらに、前記特別の合意の存在の認定を補強するものとして、原審判決は「同会社が昭和50年7月26日染吉に対し、本件宅地を建物建築等のため使用することを承諾する旨記載した承諾書を交付したこと」を掲げている。

しかも、原審判決は、前記「特別の合意」の「認定」の根拠としてこれら当事者に争いのない事実を挙げるのみで、その余の事実は挙げておらず、右認定に役立つその余の証拠も何ら掲げてはいないのである。

言い換えれば、原審判決の「特別の合意」認定の根拠としては、実は右「争いのない事実」があるにすぎず、前記のような「本件売買契約においては、代金額はその締結時には確定しておらず、昭和50年7月末日までに本件宅地を実測してその減歩の有無を調査し確定したうえでこれを定めるというのであり、売買残代金の支払(全額の約3分の2にあたる)、所有権移転登記申請手続、引渡しも右同日限りこれをする、というのであるから、」という原審判決の「特別の合意」認定の直接の根拠と見られるものは、実は、判断の基礎とすることのできる前記「争いのない事実」と、「特別の合意」の認定を結びつけるために、殊更付せられた一種の「中間項」のようなもので、前記「争いのない事実」の「要約」にすぎず、それ自体は、何ら判断の根拠とはならないものであることは明らかである。

三 ところで、上告人が指摘した右「中間項」ないし「要約」のうち、「本件売買契約においては、代金額はその締結時には確定しておらず、昭和50年7月末日までに本件宅地を実測してその減歩の有無を調査し確定したうえで定めるというのであり」という部分は、前記「争いのない事実」を曲解したものであって、到底かかる「要約」をなしえないことは、前記「争いのない事実」そのものを見れば明白である。

前記「争いのない事実」によれば、昭和50年6月14日の契約成立時における合意は、「染吉が昭和50年6月14日中部不動産株式会社から同会社所有本件宅地を代金6,826万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結し、そのさい同時に、染吉は同会社に対し手付金2,000万円を同日に支払うこと、残代金4,826万円は同年7月末日限り同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに整地を行うことを合意した」ということにすぎず(やや蛇足ながら、後に作成された公正証書の内容も、これと異ならない)、そこからは、到底前記要約のように「代金額は確定しておらず、昭和50年7月末日までに本件宅地を実測してその減歩の有無を調査し確定したうえで定める」という合意があったということ、あるいは「代金の確定は将来の一定の時期に行う旨定めた」ということは導き出せず、むしろ代金は売買契約当時6,826万円であるとして、確定していたことが明らかであって、それを実測に応じて増減させる旨の合意があったということは見出だすことはできない。

確かに、後刻減歩が判明したため、それに相応した代金分を減額した(したがって代金額を変更した)こともまた争いない事実ではあるが、かかる後に発生した事実から、逆に当初より、代金額は確定していなかったと論理を逆転させることはできないのである。

また、代金支払時までに売主が買主に対し、土地を実測して、実測図を交付するとある部分をとらえ、これをもって、代金額が(所有権移転を阻害するという関係において問題となる程度に)確定していなかったということもできないはずである。

なぜなら、もし仮に百歩譲って右実測及び地形図の交付という合意によって代金額変更を予定した合意(実測の結果、それに基づいて代金額の増減を行うという趣旨の合意)があると推認しうると仮定しても、売買物件が客観的に特定している以上、その面積も売買契約当時、客観的には特定しているのであって、ただその正確な面積を認識するために、測量をし、それを「発見」することによって実測した面積と公簿面積との差がもしあった場合、坪単価に応じて売買代金を増減するというものにすぎず、いわば、その意味では、実測後に、新たな合意をしなおす必要はなく、売買契約当時において、既に代金額は決定している(後は実測により自動的に定まっている方法によって代金額を増減するのみである。)といえるのである。そして、近時の土地取引はむしろこのような方法をとっているものが多いのが現状である。

右のように考えるとき、前記「要約」のうち、契約時に代金が不確定であったという部分は、「争いのない事実」を曲解したものであり、これを「中間項」として特別の合意なるものを認定することは論理上出来ないことが明らかである。すなわち前記「争いのない事実」からは、かかる「要約」は導きえないし、またこれを「中間項」として特別の合意を導き出そうとすることは、証拠に基づく事実もしくは、当事者に争いのない事実などの根拠を欠くことになり、正に「理由不備」といわざるをえない。

四 ところで、原審判決は、右のような根拠のない代金不確定との「要約」の他に、残代金支払と登記引渡しが昭和50年7日末日までになされることになっていたことを挙げ、これをもって「特別の合意」の根拠づけに使っている。

しかし、前記「争いのない事実」からもわかるように、これら残代金支払と土地の登記、引渡しを昭和50年7月末日限りとする取り決めはせいぜい残代金の支払と登記、引渡しとを、同時履行にかからしめるという趣旨のもので、通常の土地売買のほとんどのものにみられるものにすぎないものである。

大審院以来の確立した判例(大判大正2・10・25民録19輯857頁、最判昭和33・6・20民集12巻10号1585頁、同昭和51・6・15金融法務事情802号33頁など)によれば、これら代金支払と登記引渡しとをある一定の時期に行う旨の取りきめがあっても、所有権移転の時期を右代金支払や登記、引渡しの時期とする旨の特別の合意とはいえず、売買契約成立と同時に土地所有権が移転するとしている。

右確立した判例により、正しく解釈された民法176条に立つ限り、原審判決の「特別の合意」なるものは、前記「争いのない事実」からは導き出すことはできず、結局原審判決はこの意味でも理由不備の違法を犯しているといわざるをえない。

五 なお、原審判決が右「特別の合意」認定を補足しようとして「同会社が昭和50年7月26日染吉に対し、本件宅地を建物建築等のため使用することを承諾する旨記載した承諾書を交付したことを当事者間に争いがないが、このことからも同会社が当時本件宅地の所有権をなお留保していたものとみるのが相当であり、」としているので、この点について批判を一応加えておくこととする。

即ち右「争いのない事実」が、一体どうして所有権を留保して特別の合意の存在を裏付けるものといえるのか、全く理解できない。あるいは原審は染吉に所有権が移転しているならば、わざわざ承諾書を得る必要がなく、かえって所有権がないがために承諾書を必要としたと考えているのかもしれない。しかし、それは所有権の移転と契約における各義務の履行時間の問題を混同した議論である。所有権移転時期に関する前記確立した判例によれば、後刻(手付金以外の)残代金の支払と、土地の登記、及び引渡しとを同時期までに行う旨の取りきめは、所有権移転の時期についての特別の合意ではなく、単に同時履行を定めた取りきめにすぎないのである。かかる同時履行にかかる場合、買主が自己の都合によって土地の引渡しのみを特に代金支払以前に履行してもらうということは、相手の譲歩(引渡しについては代金支払と同時履行にかからしめず、先履行とする旨の承諾)を得なければならないものであって、その譲歩を得たことを証する書面を、念のため右承諾書として発行せしめたと解することができるし、そのように解することが、むしろ自然である。右承諾書は、所有権が移転していないために売主に発行せしめたものではなく、これを所有権が移転していない根拠とすることは、いささか牽強付会な論法だといわざるを得ない。この点についても原審判決は「争いのない事実」から、全く導き得ない結論を導き出したものであって、理由不備のそしりは免れないのである。

六 原審判決は、前記「特別の合意」の認定に先だって、「右売買契約において、最も主要な行為である代金額の確定、支払、目的物の所有権移転登記手続、引渡し等につき将来の一定の時期にすることを定めたものであるときは、その所有権の移転は右将来の一定の時期になされるべき特別の合意がなされたものというべきである。」(傍線は上告代理人)と述べ、さらにかかる一般論(それが、確定した判例に違反するものであることは前述した。)を用いて、本件の場合に、「特別の合意があったと認定したくだりでは、「本件売買契約においては……、本件宅地の所有権移転の時期を、右各行為が完了したときになさるべき旨の特別の合意をしたものと認めることができる」(傍線は上告代理人)としているのである。

しかし、前者と後者とは、その所有権移転の時期において、相異がある。すなわち、前者では、代金額の確定、支払などがいつ現実に為されたかにかかわらず、当初定められた「将来の一定の時期」に所有権が移転するとしており、他方、後者では、現実に右各行為のすべてが為された時に所有権が移転するとしているのであり、大きな相異があるといえる。従って、前者を用いて、後者を導き出すことは、できず、むしろ、これら所有権が移転していないとする原審の判決理由には、重大な齟齬があり、この意味でも違法は免れない。

七 以上詳しく述べたように、前記大審院並びに最高裁判例の民法176条の解釈に立つ限り、原審判決の認定する所有権移転の時期に関する「特別の合意」なるものは、結局原審判決が「争いのない事実」として掲げる事実からは全く導き出すことはできないものであって(右「争いのない事実」の他に原審判決は何ら右認定に至った証拠は掲げていない)、原審判決には、その意味で理由不備もしくは理由齟齬の違法があり破棄は免れない。

第五点原審判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一 前述したように、原審判決の「特別の合意」なるものは、その認定の基となった「争いのない事実」をいくら前提としても、前記引用にかかる確立した所有権移転時期に関する判例のような民法176条の解釈に立つ限り、理由不備の判断といわざるを得ないのであるが、翻って考えれば、原審判決は、代金の支払や土地の登記、引渡しが将来の一定の時期に行われるという取りきめをすれば、それをもって、右時期に所有権が移転するという「特別の合意」を擬制することにより、前記確定した判例に従っているかのように装いながら、実はこれとは別の法令解釈を行っているのだと見ることもできる。

事実、原審判決は「売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り、買主に直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するのが相当であるが、右売買契約において、最も主要な行為である代金額の確定、支払、目的物の所有権移転登記手続、引渡し等につき将来の一定の時期にすることを定めたものであるときは、その所有権の移転は右将来の一定の時期になされるべき特別の合意がなされたものというべきである。」としているのである。

二 前述のように、本件売買契約の代金は、確定していた(少なくとも所有権の移転を後日にかからしめることを特に合理づける程には不確定ではなかった)以上、原審判決のように、本件について「特別の合意」を擬制して、所有権が後日移転することとなると解することは、民法176条の解釈もしくは適用を誤り、前記引用にかかる確立した判例に違反するものであると断ぜざるを得ない。

すなわち原審判決が、右のような擬制を用いて、結局は、ほとんどの土地売買契約においてみられる所有権移転登記ならびに引渡しと、代金の支払を将来の一定の時期に行う旨の同時履行を定めた取りきめをもって、所有権移転の時期について特に定めたものと解釈することは、いわば原則と例外を逆転するもので、到底民法176条の正当な解釈とはいえないのである。

三 ところで、上告人は既に相続開始時には、本件土地の所有権が、岡田染吉へ移転していたと主張しており、もし、右民法176条が、右引用にかかる確立した判例の正しく解釈されるならば、課税対象は「土地所有権」となり、原審判決には課税物件を誤った違法があることになる外、不動産取得税を控除すべきところ、これを怠ったとの判決の結果に影響を及ぼすことは明らかな法令の違背があることになる。

第六点原審判決には、判決に理由を付さず、又は理由に齟齬のある違法がある。

一 やや蛇足となるが、最高裁判例は容認していない、近時やや有力となってきた説として、原審判決に類似した学説が存する。

右学説と原審判決の態度と異なる点は、前者は代金支払、所有権移転登記、土地引渡し等が将来行われる場合に、原則として、そのいずれかが行われたときに所有権が移転する旨の合意があると擬制(当事者の意思解釈と称するが)するのに対し、原審判決は、これら各行為が完了したとき(全部が履行されたとき)としているように読める点である。もし、その通りであるなら原審判決の立場は、右学説のそれとも異なる独自の誤った解釈であるといわざるを得ない。これに反し、もし、実は原審判決の右表現はやや意を満たさないもので、右学説と同様の考え方に立っているものとした場合は、原審判決には理由齟齬の違法もあわせてあるといわざるを得ない。

二 というのは、原審判決は、前述したように、当事者の争いのない事実として昭和50年7月26日に売主が買主たる染吉に対し土地使用承諾書を発行したことを認めており、これはまさに口頭による引渡しそのものであって、もし原審判決が前記学説に立つのであれば右引渡しが所有権移転の効果を発生しないとする特段の事情を示さない限り、所有権がそれによって移転したと判断しなければ一貫しないはずであり、そのような結論をとらない以上、理由不備ないし理由齟齬のそしりを免れないのである。

以上

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